小学生の夢

僕が小学生の頃の夢は「科学者になること」だった。
そう卒業文集に書いた記憶が有る。
研究者には成らなかったけれども、新しいモノや
テクノロジを開発する技術者の仕事に就いた。

その意味では概ね近いポジションと言えるのだと
思う。自由な発想で就職した大手企業の組織とは
色々、軋轢もあったけれども世界初とか業界初
というような製品を世に送り出してきた。

僕が小学生の時はインターネットなど無かった
最近の小学生は学校でホームページを作っているのだが
なかなか暖かく良いホームページが有った。

熊本市中原小学校のページである。
ブログあるからなかなかである。
手書きの絵もふんだんに入れて有り、あの頃の
気持ちにタイムスリップしたようだ。

夢を描きながら、まだ成長途上にある小学生達の
楽しそうな姿が浮かぶようである。

良き夢を紡ぎ良い未来を創造して欲しいと思う。


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yumeji

「ブログのタイトルはyumeji-sanというのは
 竹久夢二のことなの?」

と聞かれる事がある。
「ええ、そうですよ。」

そう答えているのだが、よく考えれば
「夢路」という意味もあるのだと思う。

だからブログは、夢二に端を発した芸術の事で
あったり、夢の話であったりするのだと思う。

「人生は夢の又、夢。」

現実を行き抜かれば成らないけれども
夢も無くては虚しいことにもなる。

最近、自ら命を絶つ人たちも居るのだけれど
夢を持っていれば厳しい現実に向かう事も
でるのでは無いかと思う。

Aijyou

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黒髪の彼女

その彼女の綺麗な黒髪を見ていると思わず触れたくなる。

 「髪は少し自慢なの。自画自賛。」 そういってニコッと笑って見せた。 

芸術が好きだという彼女はルーブルやメトロポリタンへも行ったと言う。

僕は自分で創るほうで見るほうは余りやって来なかった。 彼女が微睡んでいるととても良い表情をしているので少し絵を描いてみようかと思ったりもする。 

 「心を見るのは難しいね。」

「ほんとそうですねえ。」 

僕は彼女が何を思っているのか探りたくて瞳を見つめたりしているのであるが、そう簡単なものでは無さそうだと思う。 心地よいかそうでないか位は解りそうだけれども、ディテイルは直感だけでは無理だと思えてきた。その為に言葉や表情というものがあるのだとも思ったりもする。

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僕の幼い頃の友達は猫だった。 喧嘩が堪えない両親の下で僕はやりきれず寂しい思いをしていたのだが、あるとき子猫が震えて家の玄関の前で啼いていた。その猫を僕は自分のように可哀想に思い、そっと飼う事とした。それは小さくて柔らかい毛皮、明るくなると細くなる瞳孔、皮膚の上からその小さな肋骨や、薄く刺さりそうな爪。ぼくは観察しながら優しく撫でている。その猫は死んでしまったが、それから何匹かの猫を飼った。生き残った老猫は、その存在自体に価値があるように丸くなり何時も寝ている。猫という言葉が「寝る子」では無いかと思う位である。そっと猫の毛並みを撫でてみると細い毛が幾本も抜けて来る。そう長くは無い命である。静かに今も寝息を立てている。


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切ない詩

ほろ酔い加減の僕は、
その詩を小さく口ずさむ。 
忘れていた思いが、喉越しの
冷酒とともに体に浸み込む。 

切ない詩(うた)だと思う。
酒で涙腺が緩んだせいか、
視界が暫く朧気になった。

ゴンドラの歌

  命短し恋せよ乙女
  紅き唇あせぬまに
  熱き血潮の冷えぬまに
  明日の月日のないものを

  命短し恋せよ乙女
  いざ手をとりて かの舟に
  いざ もゆる頬を君が頬に
  ここには誰も来ぬものを

  命短し恋せよ乙女
  黒髪の色あせぬまに
  こころの炎 消えぬまに
  今日は再び来ぬものを

作詞:吉井勇/作曲:中山晋平

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    宵待草

まてどくらせどこぬひとを
宵待草のやるせなき。
こよひは月もでぬさうな。

竹久夢二 「夢のふるさと」

Matedokurasedo


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僕の絵のあった店

僕は学生時代に趣味のイラストを将来の仕事にしようと夢想していた時期も有った。

大手企業への就職の前に六本木に有る広告制作会社の門を叩いたことも思い出す。

イラストというのはコンピュータグラフィックでは無くて、ロットリングで線描し、カラーフィルムを
貼っていくというタイプのものであった。

自然のラインで海辺に止めたクルマを描き、晴れた空と明るい構図は結構評判が良く、知り合いの
喫茶店兼パブと飲み屋に僕の絵を飾ってもらっていた。

知らない人が「あの絵いいじゃん」などと言っているのを聞くと嬉しかった。

自分でも落ち込んだ時にその店に行き、自分の絵を見ると元気づけられたものだった。

或る時、その店が新しい焼酎をプロデュースすると言う事でラベルデザインの話が有った。 僕は色々な候補を提案したのであるが結局、そのプロジェクト自体が上手くいかなかった様だ。

時が経ち、通りに面した最高の立地に有ったその店も無くなり他の店に変わってしまった。

僕はその大通りの交差点近くに有った店の前を通るとき、今でも僕の絵を思い出すことが有る。 一寸、自慢気な僕が其の店のに椅子に座っているようだ。


Illust


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韓国ドラマに恋した女性達

冬のソナタに始まった韓国ドラマのブームは峠を越したものの、カルチャーは日本人女性の心に根付いたと言っても良いと思う。 僕も過去何年か韓国とビジネス経験が有ったが近くても遠い隣人という感覚がなかなか取ることが出来なかった。しかし女性達は韓国ブームの中で精神的障壁も軽々と越えて見せた。僕はそういう姿に少なからず驚きで有った。

僕の会社にいた女子社員も韓国に遊学経験が有り僕の読めないハングルを易々と解読していた。それほど女性を虜にした韓国が少し不思議でも有ったのであるが、日本と較べてドラマも少女漫画的で解りやすいし、韓国でのビジネスも表裏色々有るが解りやすいといえば解りやすいのかも知れない。 感情表現や言葉が結構表に出ることが多いので日本人と較べて解りやすい事がその理由かも知れない。

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夢の想い出

朝起きてみると昨日の夢を覚えていることがあるように、僕はこの人生を過ごしてみて、若し二度目の人生があるというならば、その人生を覚えているのかと思う。

時々、デジャヴの様に初めて行ったはずの場所や初めて会う筈の人たちの記憶が有るように思うのは何故だろう。単なる思い過ごしなのか、過去生というものが本当に存在するのか。

現実に夢を見て、その夢の記憶は現実でも有る。良い夢を紡ぎ、幸せな現実として織りなし創っていくように。そうありたいと僕は思う。

Yumeji_1

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